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TOPページ > ハービー・山口の「雲の上はいつも青空」 >第76話 『COOL JAPAN!』

【個展開催のお知らせ】
2012年3月18日まで、銀座のライカギャラリーで個展「HIKARI」を開催中です。
http://jp.leica-camera.com/culture/galleries/gallery_tokyo/



XTC LONDON 1980
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第76話 『COOL JAPAN!』

ここ2〜3日、パソコンのメール受信数がゼロだった。 「正月明けとはいえ、このところ全くメールが来ないな、俺も社会から取り残されたか、、。」と思っていたら、いつのまにかサーバーが100%満タンになっていたようだ。 「パソコン内のメールが許容量の75パーセントを越えていますので、すぐに削除されることをお勧めします」 という案内メールが入ったのを無視していたら、こうなってしまった。

知り合いのAさんから、お電話を頂き、「ハービーさんにメールを送っても戻ってきてしまっているのをご存知ですか?すぐに対処した方が宜しいのでは!」というご親切なご指摘を頂いた。 実は僕はパソコンにあまり、いや全く強くなく、四苦八苦してサーバーを空にした。
するとあら不思議、メールがぽちぽちと入ってくるではないか!

僕はAさんに次のような御礼のメールをした。Aさんは僕より8歳年上で写真の腕は確かなハイアマチュアだ。 常に僕の著作やラジオ出演の内容に対し的確な感想を述べて下さり、その感受性に感心すると同時にとても感謝している。

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「Aさま。この度はご面倒をおかけ致しました。無事受信出来る様になりました。ありがとうございました。 お時間がある時は、お好きなカメラを持って撮影にお出かけになっているのではないでしょうか。何歳になっても新しいことや、好きなことに熱中することは大切なことです。まずは個展を目指すことでしょうか。

昨年、97歳で現役写真家でいらっしゃる笹本恒子さんに、トークショーの席で
「あなた、まだ60歳でしょ!私の年までまだ37年あるのよ、今から何を始めたって、どうにでもなりますよ!!」と言われました。

我々も被災地の方々も、あきらめない気持ちがまず基本だと笹本さんに教わりました。

先日、被災地への義援金を募るため、私のオリジナルプリントを格安価格で販売する、という企画をホームページを通して行ったのですが、およそ100名近い方からお申し込みを頂き、100万円以上が集まりました。
その約半分を義援金として東北に送金し、残りを、印画紙代、送料、封筒代、そして、今後東北へ撮影に行く資金、さらに、写真集を作る段になったら、その経費に当てる、というのが内訳です。
写真集になったあかつきに、もし著者印税が発生した場合は、そこからさらに義援金を捻出出来ると思っております。

このチャリティ販売は2回目で、今回は「ブタベストの市街地」という写真を販売しました(このページにある写真です)。
私は1989年のベルリンの壁が崩壊した時に東欧諸国を回ったのですが、その時にハンガリーで撮影したものです。あの年、東欧諸国には「自由になろう」というポジティブな空気がみなぎっていました。あのパワーと希望溢れる瞬間を今も忘れることができません。

実はこの写真、ドリカムの名曲「LOVE LOVE LOVE」が主題歌だったTBSのドラマ「愛していると言ってくれ」のサウンドトラックアルバムのジャケ写に使われたカットなのです。それも、ドリカムのメンバー 中村さんが我が家にいらして、写真ファイルの中から即決で選んで下さったカットなのです。

そして、チャリティ用のプリントの完成後、「プリントをご購入された方々に、『プリントを直接お渡しする会』を目黒で開きます」とお知らせしましたところ、2日に渡り50名の方々のご参加を頂き、ポートフォリオを拝見したり、撮影会が始まったりと暖かい交流会となりました。

そうした中で、千葉に住んでいる方から、「ハービーさんに是非お会いしたいが、半身不随なので無理なのです」というメールを頂戴しました。
そのメールに対し、「千葉なら近いので、車で伺いましょうか?」と返信しましたところ、「このメールはご本人様からのメールでしょうか?」という返事があり、「本人です!」と答えましたら、たいそう感激していらっしゃいました。
「片方の動く手だけで、こころを込めてキーボードを打った甲斐があり、ハービーさんに会えることになるとは夢の様です!」との言葉も頂戴しました。

正月明けのとある日の午後、千葉まで車を走らせ、ご当人に直接プリントをお渡しにご自宅まで伺いました。
12階の高層から、真冬とはいえ晴れ渡った空の下、一望出来る千葉の街並が爽やかに息づいていました。彼方に自衛隊の習志野訓練場の広い敷地が見渡せ、一面に茂った茶色く輝く枯れ草が風になびいている様が、僕のこころを拡げてくれました。

玄関で呼び鈴を押すと、しばらくして、「鍵は開いてますから」という声が中から聞こえました。50歳で左半身が完全に麻痺して動かなくなり、車椅子に乗り、かつ、認知症の母親を介護していらっしゃいました。しかしながら、写真家として活躍したい、という夢は今でもお持ちです。

テーブルの上にライカM3が置いてあり、「ハービーさんに、そのカメラをいじってもらい、神通力を通して欲しいな」とおっしゃったので、数回シャッターを切りました。一緒に記念写真を撮り、私の著作にサインを入れ、そして別れ際、握手をしたのですが、なかなか手をほどこうとはなさいませんでした。そんな彼の表情を見ながら、「これからも一生懸命に写真を撮って、人様のお役に立つのが、命ある限りの私の使命」と改めて思った次第です。
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Aさんに、上記のエピソードも含めたお礼のメールをすると、すぐに返信が来た。
「とても良いお話をうかがいました。何かお釈迦様かイエス様の行状を思い起こしました。このお話を聞いただけで私の心も清らかになったように感じました。改めてハービーさんのインターフェイスの豊かさとネットワークの広さを再認識し、時空を越えた人との運命的な繋がりに不可思議な力を感じました。ハービーさんに知り合うのが30年はやかったら、私も違う人生を歩んでいたかも知れない、と家内に言われました。」
☆☆☆

ここで笹本さんの言葉を思い出して欲しい。
「私の歳まで、あと何十年もあるのよ!!」

私たちは勿論、障害を負った方も東北で被災した方々も、決してあきらめることなく、精一杯助け合って一歩でも前に進もうではではないか!
世界が日本を見ている。みっともないことは出来ないのである。
我々一人一人が作っていく、それが COOL JAPAN!